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ぶらぶらロハスオヤジのぐるぐるバット コロナ禍の真っただ中ではありますが、始まりました弊社代表のコラム 日常のゆるい話から役に立つかもしれない話まで不定期で書くそうです ぶらぶらロハスオヤジのぐるぐるバット、略してブログですね めまいがするかもしれません(笑)

父親

2025/03/26

いきなり大きなタイトルで始まりましたが内容はそこまで大きくない回想録です

昨日、経営者仲間の友人のお父さんが亡くなり葬儀が行われました
最後の喪主の挨拶で父親が亡くなっても泣くようなことはないだろうと思っていた
そんな話に2年前に父親を亡くした私も共感するところがたくさんありました

経済成長の時期に紆余曲折を繰り返し会社経営をしていた父親
従業員の幸福や社会貢献など考えることより
家族の生計を立てるために仕事をしていた経営者も多いなか
子育てもそっちのけで仕事を優先、業界の付き合いやお客様の付き合いで日々が過ぎていく父親
夫婦共働きで母親は家事をしながら子育てもし仕事もする
外では社交的な父親だったが感情の起伏が激しく
家の中では子供たちはいつも彼を怒らせないよう一定の距離をとって付き合っていたように思う
母親は好きだったが父親のことは好きじゃなかった

晩年になり身の回りの世話をしていたとき一人で転んで骨折し入院
長い入院で満足に歩けなくなり自宅に帰ってしばらく介護したものの
認知も進み施設に入所したところで世間はコロナ禍に入った

冒頭葬儀の喪主挨拶で泣かないと思っていたが実際は泣いたと言っていた
実は私も泣いた
絶対に泣くことはないと思っていたけど何十年も一緒にいた中でいいことも少しあった
その時の父親の年齢を私は追い越してしまって彼が何を考えてその行動をしたのか少しはわかるようになった
不器用な人生を送りながら時々いいことがあって、たまたまその時に私がいたことがあった
とても稀な時間だろうけど「いいことが少しあった」のはそんな時なんだなと思えるようになった
自分が成長する過程で父親を一人の男ととして客観的にみれるようになったが
結局そんな彼は自分の父親なんだと受け入れられたとき涙が出たのだと思う

偉大ではなく謙虚でもなく、でも嘘はつかず人も騙さず
カッコつけで見栄っ張りで言いたいことは何でも言う
とてもかっこいいものじゃないし偉大な父親でもなかった
でも少し似てきた気がする(笑)

葬儀で父親を偉大な人でしたと時折聞く時があるけど
そんな時ちょっといいなと思います